コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2018/3/20up)




◆ 権利の主体になる ◆

〈『部落解放』2018年3月号掲載〉

上野千鶴子

 少子化のもとで各地の大学、とりわけ私学は生き残りに必死である。一八歳人口のパイが小さくなっただけでなく、大学進学率は五割前後を横ばいにして増えそうもないし、大学を卒業しても就職の保証がない、あっても非正規とかで、高等教育の投資効果も怪しくなってきた。大学にとって、就職率は死活問題。大学のパンフレットに卒業生の就職先が記載してあるが、内定率と就職先のリストを見て、親も本人も大学を選ぶ傾向がある。高等教育は就社のためじゃない! と正論を吐くひともいるが、親にとっても本人にとっても「食えるようになる」ことは重要だ。
 今年はリーマンショック以後、最高の有効求人倍率で、各大学の内定率もよいという。だが、雇用を拡大したと安倍首相が胸を張る背後で、増えたのはもっぱら非正規雇用。正規雇用のパイは減少し、第一志望の会社に入りたいとなれば、就活競争は激化するばかりだ。各大学の学生部は就活対策にエントリーシートの書き方や、自己分析、就活面接の受け方の講習などに熱心だが、それにしても、と思うのは、ブラック企業やパワハラ、セクハラなどの人権侵害に対して、身を守る術を教えているのだろうか、と気になる。
 「組合って、悪いひとたちなんでしょう?」という学生もいるとか。なんてこった。メイクやお辞儀の仕方を教える前に、就職してから自分の身を守るための労働法の知識を、卒業するすべての学生に必修で教えてから職場へ送り出せ、と言いたくなる。
 無知は怖い。だがもっと怖ろしいことがある。いくら知識を持っていても、それを使えなければ意味がない。自分の身を守るために、権利を侵害されたら「ノー」ということができる権利主体の意識が欠けていれば、知識は何の役にも立たない。
 それというのも、ブラック企業どころかブラックバイトで追い詰められる学生の事例を見聞きすることが多いからだ。試験当日にシフトを入れられて「脱けられません」という。年に一回の試験を棒に振ってまでバイトに行く。なんでそこまで、と聞くと「穴を空けたら迷惑をかけますから」と。「他人に迷惑をかけないように」と、従順で素直な子どもたちを育ててきた結果がこれだ。親と教師の顔色を見て育った、いい子たちだ。
 過労死の報道を聞くたび、なんでノーが言えなかったの、こんなのヘンだと思えなかったの、カラダの悲鳴を聞いてあげられなかったの、命をかけてまでする仕事だったの……と、残された家族の繰り言は果てしなかろうが、子どもに伝えなければならないのは、イヤなことにはイヤという、自分の権利を守るのは自分自身だという、権利主体の意識だ。
 日本の教育に何より欠けているのは、子どもが自分の権利を行使するという訓練だと思う。それは同時に、親や教師が、子どもから「ノー」を突きつけられる経験をするということでもある。

(うえの・ちづこ/認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長)


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