コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2018/7/19up)




◆ 忘れたことで「発見」される皮肉 ◆

〈『部落解放』2018年7月号掲載〉

大橋由香子

 これまで二〇年以上無視されてきたことに、「世間」が目を向け耳を傾けてくれている。求めてきたことが実現しつつある? それならもっと嬉しいはずなのに、モヤモヤするのはなぜだろう。
 「不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とする優生保護法(一九四八―一九九六年)における強制不妊手術(=優生手術:女性は卵管、男性は精管を結んだり切断)について、マスコミが次々と報道している。約四五年前、一五歳で知的障害を理由に優生手術をされた佐藤由美さん(仮名)と兄の妻・路子さん(仮名)が、二〇一八年一月三〇日、国家賠償請求の裁判を仙台地裁に起こした。その前後から、マスコミは競うように報道し、情報収集を始めた。明らかになってきた関連資料を読むと、気持ちがふさぐ。障害や精神に病気がある人への差別的な視線。だましてでも脅してでも優生手術件数を増やそうとする行政や福祉、医療関係者、有識者たち。当時はそれが「常識」であり、「不幸な子どもを増やさない」ための「善意」ですらあった。
 戦後民主主義・日本で「こんなこと」がなされていた衝撃と、これまで取材しなかった自責の念が、ジャーナリストの熱意となり世論を動かす。超党派の議員連盟、与党ワーキングチームもできた。国連からの勧告を無視し「厳正で慎重な手続きのもと行われ、当時は合法で適法。調査も謝罪も補償もしない」と言い続けてきた厚労省も、ようやく資料保全と調査を始めた。やっと!  でも、人権侵害の記録の約八割は、すでに廃棄されている。
 飯塚淳子さん(仮名)も、一六歳の時に何の説明もなく不妊手術をされ、一九九七年から被害を訴え、「優生手術に対する謝罪を求める会」と活動してきた。彼女が手術をした一九六三年の記録だけ廃棄されていたが、宮城県知事は書類がなくても認定すると明言、飯塚さんは五月一七日に提訴した(彼女については、雑誌『世界』二〇一八年四月号の拙稿参照)。報道を見て名乗りでた二人の男性(北海道と東京在住)も同日に提訴。二人とも証拠書類はないが、貧困や親との離別などで施設に入れられたことが、優生手術につながったようだ。この国は、サポートを必要とする人たちに対して、「不良な子孫」「社会のお荷物」とレッテルを貼って不妊手術を強制していたのだ。
 モヤモヤの一因は、メディアの論調が「子どものいない人生=不幸せ」「結婚出産ができない=かわいそう」という世間の「常識」に乗っかりすぎていることにあるのかも。被害当事者の怒りは当然だが、「幸せ・不幸せ」を他者が決めつけるような新聞の見出しに、疎外感や息苦しさを感じる人もいる。問題は、産むか産まないかの選択を奪われたことであり、セクシュアリティも人生も、どれかが幸せと決めつける発想にあるのだ。
 それにしても、国も人々も、なぜもっと早く取り組まなかったのだろう。忘却の彼方に押しやって歳月が経過したからこそ、衝撃の事実として「発見」されたとも言えそうだ。うーむ。
 でも、もう、時間はない。今度こそ優生保護法の人権侵害に向き合い、「常識」を変えることが、誰にとっても、将来に向けても、大切だ。そして優生保護法→母体保護法の大元にある刑法堕胎罪の見直しも必要である。人口を増やすべき/減らすべき人を勝手に分類し、「不幸な子ども」は生まれないよう に、健康な子はたくさん産んでほしいという上から目線の人口管理。この発想を変えない限り、同じことが繰り返されてしまう。

(おおはし・ゆかこ/フリーライター)


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